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寄稿 Vol.1

第1部 創立80周年記念式典

 本年度「さやか野」第19号の川柳・俳句コーナーのお題が「友情」であるというのでパリから筆を執っている。
「西遊記」と「三銃士」はお互い何の関係もない。

 パリにフィロテクニック協会という文化団体がある。1848年の創立で、当初はカルチエ・ラタンの教授連が文盲のパリ市民に無料で読み書きを教えていたもので、1881年には文豪ビクトル・ユゴーが会長であった。現在でも無料で語学の他いろいろな科学や文化を教えている。私はそこで1992年から2004年まで日本語とフラメンコを教えていた。
 今回のテーマが「友情」というので, 東洋と西洋の「友情」の概念について考えている。
 近代日本語が成立したのは明治33年の国定教科書第3版からである。その時代の作家・夏目漱石が「こ・そ・あ・ど」というヨーロッパ語にない概念を、自身の作品の最後に説明を加えて定義した。欧州でいったら、英国は中世ではノルマンディー公支配下にあり、公用語はフランス語であり、英語は下層階級の話し言葉であった。16世紀のルネッサンス期にシェークスピアが英語を国語として確立したのであるが、そういった観点から見れば夏目漱石はシェークスピアと同じくらい偉大であるので,昔は1000円札に漱石の顔が印刷されていた。
 明治時代に今のほとんどの漢熟語が日本語になった。もし「タイムトンネル」というのが存在していて、今日の朝日新聞を江戸時代に送ったとしてもだれも読めない。例えば「鉄道」などという単語はまったくの仏語、chemin(道)de fer (鉄)を漢字に当てはめて創った。
郵便の創設者は1円切手の肖像にあった前島密であるが、明治維新後に日本中に立てたポスト「郵便箱」は「たれびん箱」と読んで、実際に尿を垂れ込んだ村人も多かったという。
「友情」という単語も概念もそれまではなかった。封建制度下の儒教のモラルでは「義兄弟」とかタテの関係の似た感じの概念はあった。

 6世紀に道教が支配していた中国で天竺(インド)から仏典を持ち込んで仏教を広めた僧サンツァン(三蔵法師)は実在した人物であろう。サンスクリット語の聖典に音だけを漢字に当てはめてそれを中国人が読めるようにしたのである。
それがひらがな、かたかなが未だ存在していなかった日本に「万葉仮名」で持ち込まれた。ちなみに「万葉集」というのは一つの作品ではない。それ以前の「古事記」などで口承されていた和歌などの万葉仮名表記されたものも入る。
今でも万葉仮名はメディアで使われている。「日米関係」って太陽と稲の関係ですか?って聞く日本語学習者はたくさんいるが、これは日本の「日」と万葉仮名でかかれたアメリカ(亜米利加)の「米」の関係という意味である。
とにかく中国だけでなくアジア全体でポピュラーな京劇「西遊記」の孫悟空、猪八戒、沙互浄の関係は、もともと決闘して敗者が勝者に従い「盟友」となった架空の3怪物である。この三蔵(サンツアン)という僧は3匹もの添乗員を伴なって旅をしたほどVIPなのである。
スイスで北京の京劇がこの長編の一部を公演した時に私がインタビューして仏文で執筆したのは今では懐かしい思い出である。

 アレキサンドル・デュマの新聞小説「ダルタニャン物語」は、フランス絶対王政が確立する前のルイ13世時代が背景の「三銃士」、主人公のダルタニャンが銃士に加わった「四銃士」、イギリス清教徒革命を背景とした「20年後」、太陽王ルイ14世のベルサイユ宮殿建設時代に三銃士の1人アトスの息子ラウルが主人公になる「ブラジュロンヌ子爵」、四銃士が敵味方に別れて戦いながらも「友情」を保ち、三銃士のひとりアラミスが主人公になる「鉄仮面」と続く長編大衆文学である。
三銃士アトス、ポルトス、アラミスについて言えば、アトスが大貴族の伯爵、ポルトスが貴族になりたがって男爵の地位を得る武士、アラミスはフランス封建政の第1身分である聖職者を目指し最終的に枢機卿になる武士である。
旧制度(アンシャン・レジーム)は日本では徳川封建時代に「士・農・工・商」とあったが、欧州では「第1身分が聖職者・第2身分が王侯・貴族・第3身分が平民」であった。第3身分の平民はフランス大革命以後ブルジョワとプロレタリアに分かれる。
では第2身分の貴族とは何か?ということであるが、それは土地の所有者である。公・侯・伯・子・男、と爵位があって、その第2身分の頭が国王である。日本では何であったかというと、土地の所有者は日本の士族でいえば最低の身分である「郷士」と呼ばれる武士達である。
銃士の4人は敵味方に分かれている時でもそれぞれの「立場」をわきまえながら「友情」を生涯保っていた。

 浅田次郎の大衆小説「壬生義士伝」の中の1シーン。大正初年にある若い文筆家が元新撰組の隊士だった東京・神田の居酒屋の親爺を訪ねて元隊士の東北・南部藩出身の吉村貫一朗について一晩中昔話を語らせた。居酒屋の親爺が当時吉村を嘲る隊士達を殴った場面がある。「なぜそれを口に出すやつをぶん殴ったのかって言われても俺にもよくわからねえんだ。」「友情...じゃないんですか?」「友情?冗談はよせ。そんなものの入り込むほど新撰組はやわじゃねえよ。敵は不逞浪士ばかりじゃねえ。うっかりすりゃ、いつなんどき仲間の密告で詰め腹切らされるかわからねえんだ。へたすりゃついさっきまでくみ交わせた酒の醒め間に寝首をかかれる。そんな事ァきょうびの会社にもあるんじゃねえのかい?だけどね旦那、上司から頸...と言われたら俺達ァ本当に首が胴から離れたんだぜ。」

 今も「友情」というのは何だかわかっていない。60年以上も人間をやっていると裏切られた経験もあろう。腐れ縁で一緒にいるフランス人のカミさんとは狸と狐のだましあいを28年間続けているので「夫婦」であっても「友達」ではない。自分に果たして友達がいるのか、というとあやしいものである。
自由にフラメンコ人生の余生を送るには自分と神のみをたよっていればいいさ、とうそぶいているのは悲愴的ですかね?
パリの飲み屋の親爺・竹本 元一(第22期 S46年吹奏楽部卒)
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